推してない

現代は推しを持つことが流行っているよね。私は最初いまいちよく理解できていなくて2次元の好きなキャラとか好きなミュージシャンのことを時勢にのったつもりで推しと表現していたんだけど別に推していないことに気づいた。

推しに関する研究や文学はけっこう始まっていて発達を続けている認識はあるんだけど私はそれにも全然乗れていないので(勉強不足のため)あまりはっきり言えません。文藝秋号の巻頭作品は読みました! 全然勉強足りていないなということを実感した読書体験だった。

でも好きなもののこと全然推してない。推すというのはもともとアイドルのオタクが使っていた言葉なのかな? よくわかんないんだけど字だけ見てその意味も全然わからないんだけど(推薦? おすすめ? 的なのとは半分違う気がする)推しという概念は私の感情に適合していない気がする。

好きなミュージシャンのこと「3次元の推し」って言ったことあるけれども、すぐ違和感が襲ってきて「推してないけど」と言わずにはいられなかった。その人の曲を他人に聴かせたい! 有名になってほしい! みたいな感情は皆無。これは推薦の意味の推すか?

大好きな、2次元アイドルの例の2人組のことは「推して」いたかもしれない。とにかく金を使っていた。今はそういうのじゃなく、とにかく彼らのことは現在進行形でめちゃくちゃ好きなのだが、推してはいないと思う。金を使いまくったり、CDたくさん買ったり、グッズを集めまくったり、そういう行動が推す、のような気がする。

全て感覚派の意見です。

流行っているからって無理に言葉を使おうとしなくてもいいなって思いました。