感想書く前に本返しちゃった

 

karasuandusagi.hatenablog.jp

 

先日の絵本読み合い研究の本のこと。細かいところはおいておいてなんかメモをのこしておこっと。

 

しばしば「育児書なんてそれぞれに別のことが書いてあるし、読む必要はない」ということを聞く。それは「育児に正解はない(から多少、失敗したかなと思ってもくよくよしないでがんばろうよ)」というポジティブな文脈で語られる。

私はそれに「うんうん」と賛同しつつも、ふたつのことが気にかかっていた。

まずここで語られる「育児書」とはどういう類のものなのか。こんな普通のかあちゃんが息子を全員東大に入れました〜! とか、子供を医学部に入れたいのなら幼児の頃からこれをやらせろ! みたいな本は育児書だとは思わない。それはどちらかというとブログの書籍化とかに近いものだと思っている。あるいはほのぼの系ノンフィクション。少なくとも「育児」あるいは子供の発達や成長について専門的に研究している人が書いたものでなくては、知識の拡充を目的に読む価値はないのではないだろうか。と思った。

もうひとつは、本当に育児書には異なったことばかりが書かれているのだろうか。もしそうなのであれば、子供に関する研究はほとんどが失敗してきており、教育学部家政学部の類は、不要なのではないだろうか。しかし、そんなはずはない(最近揺るがされているけど、権威あるものにはそれなりの理由があることが多いって思うタイプ。。。。。)。少なくとも、何種類かの意見、言うなれば派閥というか、仮説にまとめられるのではないか、そしてそれらを知っておくことは子供を育てる親として無益ではないんじゃないか。と思った。

 

ちなみに、その方向性で行って、今までに読んだことがあるのは、

3000万語の格差 - 株式会社明石書店

のみ。これは子供が生まれる前に読みました。子供の人工内耳移植をしていた医師で、のちに子供と言葉の関係を研究する社会学者になった著者の本。子供も生まれたし時間を見つけて再読……したい……いつ……? 面白い本だったから。

あとは実家に松田道雄の本がいくつかあったのを覚えてる。

 

そういうわけでこの『絵本は赤ちゃんから』を読んだ。

サブタイトルにある「母子の」という文言は現代的でないなと思ったけど、内容を読むとこの時点では正しい名前だと思った。この本は1人の子供の追跡研究と、何人かの母親へのインタビューで構成されている。

どれを読んでも、子供と親と絵本との関係は、本当に百種百様なんだろうなあと思った。親のスタンスも、読む本も違うし子供の性格も全然違う。著者は絵本の性質や子供の反応のタイプなどを収集しているようだが、それも今目の前にいる子供を「どう育てるか」などの答えを出してくれる類のものではなさそうだなあと思ったよ。

私はずっと感じていることだけれども、やはり育児には方法論を求めるのではなくて、子供本人に向き合って、いま何をしたらいいのか(それは将来のためとか、知能発達のためとかではなくて)を判断すべきなのだろうな。というのを再確認した。

 

しかし親の中には子供と向き合うとか……わかんないよお! 大人だし! みたいな人はけっこういると思う。私は比較的子供のまま大人になってしまったタイプなので、あまりその点苦労した覚えは(今のところ)ないけど、外出て子供が泣いちゃったらGoogleで子供の泣き止ませ方調べるって人もいるみたいだから。

 

そのためのツールとして絵本が便利なのかなと思った。絵本は大人にも意味わかるし、子供にとっても、意味わからなくても少なくとも物質。視覚刺激もあるし、読んでれば親の声も聴けて、という感じでコミュニケーションツールになる。

わらべ歌とかでももちろんいいけど、わらべ歌は大人が意味をわかってない場合が増えてきたということが書かれていてなるほどと思った。世代間継承がうまくいってないと。確かにわたしおむつてんてんとか、知らない。そもそも小学生になった時点でアルプス一万尺の手遊びわからなくて友達と遊べなかったからね。そういう親が私だけじゃなくなってきててもおかしくないだろうなあ。YouTubeとかで見ても親の方に実感がないからコミュニケーションとして十分でない。

あと前回の日記にも書いたけど絵本は親が覚えてたら自分の子供時代に想いを馳せることもできる。想像力の助けになるっていうか。

 

そいで最近は「読み聞かせ」じゃなくて「読み合い」って言葉がよく使われるようになった、というのもへ〜って納得した。これからは私も「読み合い」って言おう。確かに、言って聞かせるだけではないから。

 

ほかにも首がもげるほど納得したことがいっぱいある。

最近の風潮では育児にも計測可能な「効果」を求める親が増えているとか。これは超思う、けど最近っていうのは私が生まれたくらいから始まっていたのだろうなとも思う。早期教育とか幼児教育みたいな。絵本を読むと言葉を早く覚えて勉強もできるようになるから絵本を読もう! みたいな、そういう因果関係がありそうなことしかみんなやりたがらないっていうか。脳にいいとか。発達にいいとか。そういう系の理由ばかり求める。かつなんかできないとすぐ発達障害が疑われる(いま認知と理解の過渡期なんだろうね)。

子育てに効率化は存在しないとか。やってはいけないことがはっきりしてくることや発達の過程が研究され人々に伝わることは広義の効率化なのかもしれないけど、技術発達によって生み出された時間をこれまで割けていなかった子供との時間に使うべきということなのだよね。

ほかにも色々あった気がするけど忘れた。

 

 

乱雑なメモだけど書かないよりいいし……

ここ数日具合悪かったり生活リズム崩したりでボロボロとなっていたけど持ち直していきたいです。