絵本の思い出

いま、絵本に関する本を読んでいる。

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『絵本は赤ちゃんから』という本で2006年に出ている。もはや今、絵本は赤ちゃんからって早すぎない? という考える親は母さんは少なくなっているだろう。私の住む自治体でもブックスタートというのがあって絵本は赤ちゃんから読んでいいんですよ~という話があった。社会ではいろんな理解が時間とともに進んでいる。FACTFULNESSを読んだみなさまにはお分かりのことだと思うけれども。14年が経過して、「絵本は赤ちゃんから」というタイトルはやや時代遅れになりつつある。と思う。

でも私の考える、なぜ絵本を読むのか? という問いに対する回答のいくつかを補強してくれるようなことが書いてあり、なんだか心強い。もちろん正解はないんだけど、納得できるな~と思える仮説は私の意見としても採用していきたいと思うわけ。

この本を読むに至った理由などはまた後日書きたい。いろいろ考えることがあったため。

 

この本は大学教授である著者が観察研究やインタビューをもとに作った本だが、著者は一人の親でもあるので、ところどころに自身の経験なども挟み込まれている。

 

わたしは孫が絵本を読むようになったとき、和田さん(※インタビュイー)と同じように娘がとても愛着を示していた加古里子の『ことばのべんきょう1・2』(福音館書店)を、お下がりとしてそのまま送ったことがあります。すると、孫はそれほど興味を示さなかったのですが、娘のほうがとても懐かしがり、手あかの付いた絵本を何度も開いたようです。娘は自分の中の幼児期を鮮明に蘇らせつつ、自分の子どもの幼児期と付き合うというように、幼児期体験が入れ子構造になり、わが子への想像力が広がったことと思います。(p114)

 

という部分があった。私もこの前実家に帰って、自分の読んでいた絵本をいくつか出してきて持ち帰ってきた。中には自分では全然覚えていなかったのもあるんだけど……

 

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この『いただきますあそび』。私はあんまり覚えていなくて、でも最後の最後のページを見て一瞬で思い出したんだよね。「おなかいっぱい いいきもち」で終わるの。

この「おなかいっぱい いいきもち」って、私は割ともう体に刻み込まれてて、現在に至るまで、おなかいっぱいおいしいもの食べたときは「おなかいっぱい いいきもち~」などと口に出すくらい自分の言葉になってしまっているのだよね。

というわけでなつかし~~~って気持ちになってたんだけど、でもこれ自分が懐かしくて楽しいだけでは? という気持ちもよぎらなかったわけではない。

 

だけど昔の絵本を引っ張り出してくるのはそれでいいのだよね。という話で、親のほうが遠い子供時代を思い出す手がかりになっているわけだから、親のために古い絵本が読まれるわけ。大人になって忘れてしまった子供時代を思い出すことで、子供の気持ちを理解する助けになると。

 

あと、どんな書物でも読み深めるという作業が可能なわけで、先に読み深めている教師がいると読解って格段にはかどるよね。そして同じ書物を読解しようとしている仲間がいるとその効果・効率って倍々ゲームみたいになってくと思う。それと同じで絵本も先に噛んでる人がいるともっと楽しく読めるのかな。とかも思う。

さらにいうと大人ってほかにも楽しいことがいっぱいあって、新しく出会った絵本(しかも子供向け……)などをじっくり読んだり理解しようとしたりする時間が取れなかったりして。その点、子供のころ読みこんだ絵本はその時間が稼げるかなーとも。

 

最近の新しい絵本はかわいいのいっぱいでほしくなるし、そういうのも楽しいのだけれども、古い絵本、時代とともに消えていかない絵本を取っておくのにもちゃんと理由がつくかなーって思いました。!

 

この本に関してはつづく。