日記を書くこと

この週末は両日とも出かけて、ちょっと疲れてしまった。とっても眠い。まだ23時台なのに、ものすごい夜更かしをしている気分だ。

以前から、ブログを毎日書く! ということにこだわっている。去年は何回も挫折した。今年はまあまあうまくいっている。はてなブログは継続日数が日付でカウントされるので、24時をこえてしまうと続けたことにならない。だが、今のところ、毎日「今日の分」を書くことはできているはずだ。ひどい内容だなあと思っても書き直す気力がなければそのまま投稿している。続けることを一番優先にしているからだ。

これとは別に、紙の日記も毎日つけている。これも、去年はボロボロだった。今年はなんとかここまで続いている。

 

最初に日記を続けよう、と決心して書き始めたのは中学一年生の頃だった。いろんなストレスがあったのか、まばたきが止まらなくなった私は、目を使うのをやめろなどと言われ、ふてくされて部屋にこもり、ノートに日記をつけた。それが一番最初で、それから20歳くらい? まで1日も欠かさず書き続けた。

大学生になると夜中まで遊んだりして、忙しくて、そのまま書かないで寝ちゃったりするようになって。毎日続けていたことって、1日途切れると、今まで熱心にしていたのが嘘のように、やらなくなる。雑でも、1行でも、書くべきだったのだ。今日は疲れた! おやすみ! とかでいいから。習慣って作り上げるのは大変だけど、崩れる時は本当に脆い。

勉強や何か特技を習得しようとしているときは、毎日、1秒でもそれに関わった方がいい。私が人に何か教えられるようなことはほとんどないが、これだけは絶対に言える。例えば楽器の練習をしているなら、5分触るだけでもいい。勉強なら、テキストを1行読むだけでもいい。やるとやらないとには雲泥の差がある。

特に一度継続しはじめたものは、1日触らないと、次に触るのがなんだか怖くなってしまう。私はそういうような気がする。

 

日記を書くことはなんのための習慣なのだろうか。いろいろあるだろうが、私が一番日記を続けたい理由は、これが碇を下ろす行為だと思うから。ゲーム的に言えば、セーブだと思うから(ロードはできないのだが)。

毎日の忙しさに流されるようになってしまうと、心や思考は、本当に海に流されるように、安定感を失ってしまう。なんでもいい。天気を記録しておくだけでもいい。その日のことを何か記録しておくことは、森の中にパンくずやら光る石やらを落としていくように、進む足取りに安定をもたらしてくれるし、振り返る標を作る。

私みたいに頭の中がバラバラになりやすい人間は、少しずつ、何かにつかまりながら進んだ方がいい。大きく進めたときも、足場を残しておいた方がいい。そうしないと、自分がどこにいるかを見失うし、つまづいたときに戻れない。

日記を書く時間が自分のことを考える時間になる。この時間を十分にとらずに日々がすぎていくと、自分がわからなくなるような、不安な感じに苛まれることがある。私だけかもしれないけれど、この嫌な方にフワフワした感じを味わったことは何度もあり、精神衛生上、良いか悪いか本当のところは全然知らないけれど、個人的によくはないと思う。

 

そのため手間はかかるけれども、毎日の記録はちゃんとつけておいた方がいいと思って日記を書いています。