読書日記 つけびの村(後編)

前編

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 毎日日記を書くという目標は果たせなかった……早すぎる。寝落ちとの戦いに負け続ける。でも、努力はしていきたいと思います。

今日も、いつものことながら人に読ませる気のないただの日記になってしまった。

 

先日から読んでいた『つけびの村』を読了。

前回の日記でノンフィクションは好きだと書いたが、この本は今まで読んできたのとは違うジャンルだなと感じた。つまり、私はひとつの事件にフォーカスしたノンフィクションというのはあまり読んだことがなかったということだ。今まで読んできたものは、主に人や場所を主人公にしていた。『つけびの村』は、犯人にも、事件の舞台となった村の人々にも、そして土地自体にも取材を行なっているが、主役となっているのは連続殺人事件そのものである。これがいわゆる事件ルポというものなのだろうと思う。

ちょっとこの本から話が逸れるが、自分の中で、ノンフィクションはさらにジャンルわけできるなあと思ったので、整理しておきたい。昔読んだ『リスクと生きる、死者と生きる』は震災という事故を題材にしつつも、主役は「人」だった。

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前回の読書日記に書いた『愛を知ったのは〜』も、主役は「人」だった。その他、本棚を見ても一つの事件を追った作品は見つからなかった。だから、前回の日記であたかもこのジャンルに詳しい者であるかのように書いたが、全然そんなことはなく、私はにわかだった。

 

💫閑話休題💫

 

一つの事件を色々な側面から追っていくと、当然色々な問題が見えてくる。閉鎖的な限界集落で発生しうる孤立の問題から、司法における精神障害の扱いの問題まで。事件の内容について私がここで感想を述べるのは、なんだかおかしいと思う。孤独、孤立が精神状態を悪くしていくんだろうなという印象は強く受けた。Uターンしてきて最初は頑張ろうと思っていた人が、村に溶け込めず家族も友達もなく孤立していくとき、正気を保てるとは私は思えない。

私はむしろ、著者の傍聴マニアとしての面の強みが発揮されたくだりだと思うんだけど、裁判における責任能力の判断についての問題提起がとても印象に残った。

本を読んでない人向けにかいつまんで書くと、この事件の犯人は妄想に囚われているとしか思えない支離滅裂なことを言うし、書いて送ってくる。対話もほとんどできない。向こうから言いたいことを言ってくるだけで、コミュニケーションの相手に対する気遣いとかもない。

この本を読んでいる限りでは、精神病のある人なのかなという印象を抱くに十分だった。しかし、裁判は終わって、妄想は病的なものではなく思い込みと判断され、完全責任能力ありとして死刑が確定した。

責任能力については「何をもって判断するかは明確には定められていない」からこそ「社会的に大きく報じられた大量殺人を犯した被告人は、完全責任能力を認められてしまう傾向がある」のではないか。こうした運用は、事件発生当時の報道の過熱ぶりからうかがえる市民感情や、減刑の社会的影響を意識した上でのことだろう。あえて不透明にしているのではないかとさえ思わされる。

 この点について、明確な基準がなく、等しく運用がなされないのであれば、刑法三十九条は再検討すべきであろうと私自身は考えている。……

著者高橋さんは葛藤を感じながらも「完全責任能力」の判断については基準を明確化すべきだと問題提起している。

私はそもそもこの観点についてあまり深く考えたことがなかった。薬局薬剤師という微妙な距離感の医療従事者として精神科治療においてはモヤモヤを抱いてきた経験もあり、診断する医師によって差が出てきてしまうことまでは想像できるが、 基準そのものがないとは。

 

今日のEテレで誰かが似たようなことを言っていたような気がするが、最近は事件があると、知的障害者・精神病患者に寄り添うような口ぶりで「精神疾患かも。だとしたら治療を優先してあげなきゃ」「知的障害かもしれないから、適切なケアをしてあげなきゃいけなかった」ということを言う人がネットなどによくいる。でもそれは事件と障害・疾患を結びつける偏見の名残でもある。

精神障害精神疾患に対する距離が縮まってきて、社会の人々は事件と精神状態の関係により注目するようになっているかもしれない。事件が発生したら、行き着く先は裁判の判決。ここで事件と精神状態の関係がフンワリ扱われてしまうなら、社会において障害者、精神病患者は生きづらいままだ。どんな人でも生きづらくなると、生きやすいときよりは犯罪に手を染めやすいと思う。

責任能力というものについては、医学的にも定義することがもしかしたら難しいのかもしれない。まずはその実質を理解することから、なのかな〜……

 

事件を追って、村人たちの個々の抱えていた問題とか、集落の歴史とか、取材中の大変だったこととか、裁判のモヤモヤ(上述)とか、いろんなことが書かれているので、読み応えがあった。私もいろんなことを考えて頭の中が散らかりました。日記はもとよりまとめる気がないからこれでいいや。