発掘書きかけSS「辛口券バトル」

パソコンの整理をしていたら書きかけのSSが出てきた。もう自分の書いたものとも思えず羞恥心とかをぜんぜん感じないし、なんか楽しい気持ちで書いていただろうことが伝わってきたので、せっかくだから投げておく。すごく昔に書いたものだし、書きかけです。続きも思い出せない。別に出来も良くないです。でも主人公(語り手)のキャラがちょっといいなと思った。頭おかしくて。

超暇な人は続きを考えたりして楽しんでくれたら幸いです。

 

 休日の楽しみは昼飯だ。いつもは限られた昼休みの時間で満腹にならないといけないから、のんびりできないし、店も決めておかないといけない。効率が求められる。しかも一人じゃないことも多い。町をぶらついて、入りたい店に入る。それは休日にだけ許された贅沢な楽しみだ。

 今日の昼飯に決めたカレー屋には、大学の時よく来ていた。俺はこの店の味を、「どんなに辛くとも甘口」と評したい。追加料金の辛口券を購入しなくともスパイスの効いた味が楽しめる。舌に乗った瞬間の辛さはすぐにまろやかな甘さに変わっていく。まるで、粉雪が土に触れて溶けるみたいだ。

 率直に言って、この「甘さ」を一度知ってしまうと、この言葉に対する概念が変わる。たいていのカレー屋チェーンには、もう入れなくなる。しかも、大手チェーンより圧倒的に旨いのに、安い。神田の高級店の味とは質が違うが、レベルは同じだ。それで値段は半分くらい。しかも大盛り無料で、大学生の時には本当にたまんなかった。お世話になったよなあ……。

 と、いうことを考えながら、俺は店の前に突っ立っていた。この店の味を思い出し、記憶の舌で味わっていた。ド派手な格好をしたビジュアル系野郎が、脇をすり抜けるようにして店に入って行ったので、俺は我に返った。ずっと立っていたら邪魔だ。それに腹も膨れない。俺はその男に続いて店のドアを開けた。くぐもった鈴の懐かしい音の下をくぐるようにして狭い店の中に足を踏み入れる。

「いらっしゃいませー、食券お願いします」

 カウンターの向こうから声がするが、食券販売機はまだ先行者が使用中だ。ちょっと早まりすぎた。券売機とドアの間が狭い。ドアの外でもう少し待っていても良かった。

 ところで、先ほど辛口券について触れた。この店では一枚五十円でスパイスを追加してもらうことができる。複数枚購入すれば、その分だけ辛さを増すことが可能だ。今、俺がなかなか券売機の前に立てないのは、前のビジュアル系が、辛口券のボタンを連打しているからだ。ボタンを押してからベーガーというあの変な音がして食券が出てくるまでまあまあ時間がかかるので、枚数が多くなれば後ろの客はそれなりに待つことになる。構わない。この男、なかなか通のようだ。

 この間、ベーガー音を聞きながら店内を観察することにしよう。細長い店内はカウンター席のみ。ちょっと太ったやつが手前に座っていると、奥の席まで行くのに苦労する。今日はそういうやつはいないみたいだ。休日だからか、十二時台にもかかわらず客は俺と、今食券を買っているやつの他に二人。店側も一人で回している。昔はなかった気がするが、奥の壁にテレビが設置されていて、休日昼間のバラエティ番組の音声がしている。

「お好きな席にどうぞ」

 前の客が食券を買い終わったようだ。食券の束を持ってカウンターの方へ移動する。やっと俺の番だ。

 久しぶりだし、学生の時のようにがっつりカツを食べるのはちょっと自信がない。この店のカツカレーはボリュームが半端じゃないのだ。今日は満腹になるよりもむしろ、あの辛さと甘さを楽しみたい。そこでメニューはオーソドックスというよりもごくシンプルな生卵カレーに決めた。五百五十円。言うほど安くない? 神田で食べたら千円のカレーだぞ。肉も何も入っていないが、そう言った半端な具材はカレーそのものが旨い時はかえってノイズになる。

 そして辛口券の連打タイムだ。俺の定番は「十辛」。もうお気づきかもしれないが、辛口券は一枚五十円なので、辛党はここで出費を強いられることになる。たぶん、店主はメニューを作った時、こう言った展開は予想していなかったのだろう。最初にこの店は安いといった。あれは嘘ではないが、真実の一面でしかない。からさがつらさにならない限り、金を積めば積むほど旨くなる。旨くなるのだ。ここはそういう店なのだ!

 辛口券のボタンを連打しているとき、カウンターの方から俺の耳にこんなやりとりが飛び込んできた。その会話は、テレビの音より小さかったはずなのに、雑音をくぐり抜けるようにして、俺の耳まで、迷わずにやってきたのだ。

「十……五辛でお間違えないですか?」

「はい。あと大盛」

 俺は耳を疑った。十五辛? そんなの考えたこともなかった。辛さ追加だけで七百五十円だぞ。本体より高い。辛いのが得意とか苦手とかを超越した、狂気の世界だ。あいつ、見た目が派手なだけじゃない。

 だが、この時、俺はその狂気に当てられた。未知の世界だ。魅力的だった。それに、大学生の時とは違って、今の俺は、辛口券に七百五十円を、「出せる」。

 気がつくと、俺は辛口券を十六枚買っていた。最後の一枚は、ちょっと見栄が出た。これでもまだ、ボンディより安いのだから恐れ入る。俺は一人分空けてビジュアル系の隣に座った。

「大盛りで」

「はい。……十六辛、大盛りで」

 ビジュアル系が、一瞬だけ、俺の方をちらりと見たが、すぐスマートフォンに目を戻すのがわかった。

 カレーが出るまでの間、少しこのビジュアル系を観察しよう。今日の俺のライバルとなる存在だ。まず、身長は、さっき後ろに並んでいた時はかなり高いように見えていたが、ブーツの厚底っぷりを目にしてしまった今では、せいぜい俺より若干高いくらいだろうとわかる。俺も身長が低い方なので、水増ししたい気持ちは理解できる。それにしても、千五百グラムくらいはありそうなブーツだ。履いているだけでトレーニングになるのではないだろうか?

 ズボンは意外なくらいすっきりしたデザインのブラックジーンズだ。腰に巻いたどぎついピンクのストールと、その下から覗いているスタッズのたくさんついたベルト、何の意味があるのかわからない垂れ下がったチェーンなどが激しい主張をしているので、その背景役といったところか。最近定食屋では五穀米や玄米を選べる店が増えているが、あくまでも主役はおかずで、米は白米に限る。そういう感じだ。

 普通の黒いシャツの上に着たファー付きの黒いダウンジャケットを脱ぐ様子もない。ジャケットの下にこれまたどぎついピンクのマフラーをして、小刻みに震えながらスマホの画面を眺めている。一番派手な印象を与えるのは髪だ。肩ぐらいまであって、黒をベースにランダムに金とピンクのメッシュが入っている。髪をかけた耳はピアスだらけで、安っぽいピンクのメッキをした鎧のようなイヤーカフも印象的だ。鼻にも顎にもピアスがあいていて、舞台の上でもないのに黒いアイシャドウでまぶたを塗っている。

 認めたくはない。認めたくはないが、こいつは、まさに十五辛という感じだ。カレーがピンクじゃなくて、さぞ残念だったことだろう!

「お待たせしました、温玉大盛り十五辛です」

 ビジュアル系の元に、カレーが運ばれてきた。横目に見ると、わざとらしさはないが、カレールーにスパイスの斑点が浮かんでいるのがなんとなくわかる。ビジュアル系はスプーンをとると、無言のまま軽く手を合わせた。意外と律儀なところがあるようだ。まずは温玉の真ん中に、スプーンを刃のように振り下ろす。黄身は生卵のようにはとろけず、やすやすと捕まえるが、混ぜずにルーとご飯を一緒に乗せて口に運ぶ。

 いいね。

 しかし、三口目を食べ終えるとコップの水を口に運んだ。相当辛いにちがいない。

「生卵大盛り十六辛お待たせしました」

 そして俺の前にもカレーがやってきた。ここからは俺の戦いだ。

 まずは手を合わせて、ルーの真ん中に、目玉のように浮かんでいる生卵の黄身にスプーンを入れる。黄身は流れ出し、それを追いかける白身の勢いに押されてライスの山をまろび落ちんとする。もとよりルーの量に比すれば、生卵が味わいを足してくれるのはほんの数口分だ。俺は黄身を壊して、できる限りルーに混ぜる。あまり一生懸命混ぜると見た目が汚くなってしまう。俺は大人だ。そういう食べ方はしたくない。ほどほどにしたところで、一口目を食べた。

 旨い。これ以上の賛辞は不要だろう。しかし予想に反して、最初にガツンと辛味が来た。今お前が食べようとしているものは、一筋縄ではいかないのだぞということを伝える、いわば宣戦布告のような辛さだ。だが、その辛さはすぐ雪のように融けて、隠されていた甘さが舌を、脳を刺激する。この宝物のような甘さ。インドで生まれ、英国で育ち、日本で洗練された、欧風カレーの真骨頂だ。

 

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ここで終わりです。読んでくれてありがと。ビジュアル系が小刻みに震えている理由は全然わからない。

うろ覚えの設定ではこのビジュアル系はレズビアンで男装癖の女でこのあと仲良くなって色々食べ歩きをするようになるとか考えていた気がする。胸やお尻周りを隠すファッションをしてるとこがその伏線です。多分。わかんない、全然覚えてない。