『となりの難民』を読みました日記

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www.junposha.com

 

図書館で見かけて借りてみた。

難民の問題についての知識は、ニュースやtwitterで見た程度。技能実習制度については割と関心があった。入管での非人道的な扱いに対しては、ひどいなーと思っていた。一方で、ネット上では全員受け入れていたらキリがないとか、受け入れ頑張ったドイツでは治安が悪化したとか、そういう意見も目にしていて、なるほどそうなのか? と思うこともあり、簡単に言うと、全然詳しくない状態。

 

この本は、子ども向けに書かれていてとても読みやすかった。

著者織田朝日さんのブログには、子ども向けにというのは出版社の意向だと書かれていた。どこから目線だよと言われそうですが、これは「手」としてはすごく良いと思います。何様ですみません。悪癖です。でもポジティブな話なのでゆるしてほしいです。

amm.hatenadiary.org

勝手ながら、リンクさせていただきました。

 

本にも掲載されていたマンガなどは、感情に訴えかける部分が大きすぎるような気がして、得手不得手という観点であえて二分するならば個人的には不得手な方だけれども、伝える力という観点で見れば、かなり強いと思う。本文では、そういう感じは少ない。それが、私にはとても読みやすかった。

 

日本に滞在している外国人が、どのように入管と関わっているのか知ることができたのが大きかった。

仮放免状態でずっと生活している人が、県外への移動にもわざわざ申請を出さなくてはいけないということ。また学校を出ても就労許可がなく、働けないということ。大学を出ているような日本育ちの人でも、仮放免状態であるということがあるというのに驚いた。「となりの難民」というタイトルはこのあたりからきているのだろうか。となりの外国人も、こういう状況下にあるのかもしれない、という意味で。

就労許可というのが私にとっては最大の謎。その辺でエスニック料理店をやっている外国人はそのへんどうなんでしょうか? こういう人たちは最初から、日本に働きにいきますといってビザを取って来日するのか? 就労許可が下りていない人たちは、最初にくる時それをしなかったから働けないのか? 謎。その線だと子供の頃来日した人は働けないということになるのかな。

そして技能実習生制度に疑問しかない私にとっては、この本でも書かれていたけど、日本にいるけど就労許可がなくてプラプラするしかない人に働いてもらったほうがいいのでは? としか思えない。ずっといられると困るからということなのだろうか。

とにかく知識不足でわからないことだらけだけど、こうした社会問題について知らんわで済ませてしまうのは社会人としてどうかな……と思うので、「〜〜〜なところがよくわからん」というくらいでも自分のスタンスは少しずつ築いていきたいです。。。

 

あとは難民の多くは子供ということもポイントなのではないかなと思った。

それが、この本が子供向けに書かれた大きな理由のひとつでもあると思う。子供はこれから大きくなるし、結婚したり、子供が生まれたりするかもしれない。難民対策、そういうところがたぶん勘定に入っていなかったのかな、という漠然とした印象を受ける。

 

治安の話とか労働の話とかはいろんな問題が関わってきて、まだ何かの意見を持つには私は早いと感じるのだが、少なくとも絶対言えるのは、入管の待遇だけはなんとかした方がいいということ。さすがに医療は適切に受けさせるべきなのではないでしょうか。医療を受けさせない理由だけは全くわからない。

SYI(収容者友人有志一同)ブログを見ても1ページ目で精神疾患を発症した人について2人書かれているし、この本にも収容中に統合失調症を発症〜みたいなことが何回か出てくるので、普通の環境ではないと思う。

pinkydra.exblog.jp

 

その他いろんな疑問や考えが浮かんできた。

知らぬ存ぜぬでは済まされないことだと思う、そのきっかけをくれる読書だった。

簡単ですぐ読めるので興味のある人は気軽に手に取っていい本だと思う。

インターネットの人の声を聞くこと

twitterを筆頭に、インターネット上の書き込みはたまに「便所の落書き」と言われたりする。いろんな人が好き放題書いているところが似ているのだと思っていた。

 

インターネットでいろんな意見を見ていると、具合が悪くなってくる。私の意見も人の具合を悪くしていることだろうと思う。自分と異なる考えの人が、なんの責任も負わずに、なんの根拠もなしに、意見を述べていて反論を受け付けない。そういう状態に対して具合が悪くなるのだ。

どこからともなく聞こえてくるジャイアンリサイタルみたいな感じなのかなあ。

ついついはてなブックマークコメントを残したくなってしまうのは、せめてなんらかの反論をしたいからなのかなあ。と、おもいますが、結局それは受け付けられないので、どちらかというと同じことをしているにすぎないのだよね。だから平和なコメントと引用以外はしないように心がけている最近。

 

人の話を聞くこと自体、元来ノンストレスではない。

整理されていないtwitterのタイムラインなんか、本当に心に悪いと思う。だから、若い人々にツールを与える時は、その使い方をよく注意するように言った方がいいですね。

SNSなどは、安心して見られる人々だけで周りを固めて使った方がいい。あとはてなのトップページ、増田とかtogetterとかは見ない方がいい。もちろん、私のようにイライラしない人は、それは大きな強みだと思うから、最大限に活かすのがいいと思う。あくまで私の場合は……。

 

自分と異なる考えを聞きたい時は、落書きみたいなのではなく、ちゃんと書かれたものを読んだり、聞いたりすることにします。

話題のファクトフルネスを読んだよ

www.nikkeibp.co.jp

このリンク貼ろうとして検索かけたら、この本の内容を解説する動画がたくさん上がってきてなんともいえない気持ちになった。そしてそれらをよく見てみると、「○分で解説」というのがいくつかあり、その時間を短縮することにしのぎを削っているように見えて、フフ……という気持ちになった。

 

ずっと話題になっている本だけど、ウッそうだよね……みたいな耳の痛くなるようなことがたくさん書いてあった。根拠に基づいて話せ、というのは当たり前のことだと思うのだけど、どうしても手持ちの知識と情報でどこまで戦えるか? というエクストリームな試みをしてしまいがちなんだよね。試験ならそれで正解なんだろうけれども、情報共有や議論の場では間違っている。日常会話も、試験よりは議論に近い。嘘を広めてしまうのはよくない。

私は持論を展開しがちだということ、自覚はあるので気をつけていきたい。

 

私が思うこと。世の中は悪いがどんどんよくなっている。だからこそ、悪いところに目がいくのではないかな。

80%の人が電気を使えていて、20%が使えていないのなら、後者は異常事態(言い過ぎか?)だから早急に解決すべきだ。(使いたくない人は使わなくてもいいと思うけど、使えるようにはなっていたほうがいい)使える人はどんどん増えている、だからこそ使えない人がいることは不公平だ。

もちろん、過去の流れにそって未来を予測すれば、電気が使える人はどんどん増えていくはずだ。だから、焦るべきではないのだ。だけど、20%を減らす速度が少しでも早くなるように願う気持ちは間違ってはいないはずだ。

これは例えばの話。

 

大事なことは知ることだ、なるべく新しい情報を。謙虚に学び、自分の持つ知識を常にアップデートし、それに基づいて判断すること。世の中の人全員がそんな風にしなくてもいい。ただ、私自身は、それなりの教育も受けてきて、そうすべき側の人間であると思う。

 

レベル1〜4の分類がこの本ではされていて、頻繁に出てくるが、これも便宜上のものであることを理解しなくてはいけない。そして私の目には、レベル4と3の間にも確かな差があるように映る。実際日本では4の家庭が多いだろうが、3の家庭もあって、その間には「分断」があるのではないだろうか。実際にはその間にもさまざまな家庭環境があるが、お金持ちの人が貧乏な人の暮らしを理解していないのであれば、そこに意識的な分断はあると言えるんじゃないかな? とおもった。でもまあその辺はあんまり大事なことではないかもしれない。

 

あと、民主主義が発展のために最良の方法ではないとおもう、という考えには関心がある。私もそうなんじゃないかなと思っていたので。でも私がそれを言うにはちょっと勉強不足すぎるので。。。関心はある。

 

Dollar Streetは面白い。

www.gapminder.org

ずっと見てられそう。世界は広いなー。

 

あとでファクトフルネスを実践してみたいというか、なんか調べ学習してみたいな〜とおもった。

千疋屋のアメリカンショートケーキ

先日、実家の母がごちそうしてくれる機会があり、丸の内KITTEの千疋屋でおやつを食べた。並んでいるとき、店内での携帯電話のご利用はご遠慮くださいというマークを見たので、写真はないのだけれども、まあそんなことを守っているのは私くらいのものであるように見えたね。そもそも外国人のお客さんが多かったけど表示は日本語だけだったしね。ふつうに左手に持ったスマートフォンのスピーカー(スマートフォンのおしりのとこね)を耳に当てて動画の音聴きながら右手でデザート食べてる人とかいたしね。そんな無理せんでも……

 

千疋屋には最高のメニューがあって、それが「アメリカンショートケーキ」。

フルーツパーラーセレクション|千疋屋総本店

ここのリンクから飛んでアメリカンショートケーキを目撃せよ。これは本来のアメリカのアメリカンショートケーキとも異なる千疋屋のオリジナルメニューである模様。スポンジケーキにバニラアイスが挟んであって、上に生クリームといちごソースが乗っている。極め付けは牛乳に浸してあるのだ。

正直かなり独特のおやつだと思う。スポンジケーキを牛乳に浸してあるって、じゃ、ジャンクすぎる……ねこまんまみたいなものでは? って思われそうだし、実際「雑」なメニューだと思う。いい意味で。

すごくおいしいし、なつかしい感じがする。これが伝統的なお菓子として親しまれているアメリカという国がもしあるのだとしたら、私のルーツはアメリカにあるのかもしれない。そう思わせる何かがある。スポンジケーキを牛乳にひたす、スポンジケーキの中にアイスを挟むが、満遍なく挟むわけではなく、真ん中に置くようにして上からスポンジを乗せる、などという大雑把さに、きれいに絞られた生クリームとたっぷりのいちごソースという上品で贅沢なデコレーションが、最高に私を昭和初期の小金持ちの幼いお嬢さんにしてくれるというわけ。

 

カウンターにおいてあるバナナ切ってサーブしてくれるので、あかちゃんにもバナナあげられるし(1本300円だが……)ちょっとパワーが必要なときにまたアメリカンショートケーキを食べに行こうと思った。

おわり

今日の雑記

あまりこのブログに推しのこと書きたくなかったけど、最高なので貼っておきます。

 


アイドリッシュセブン『Re-raise/Re:vale』MV FULL

 

Re:valeはアイナナ界の絶対王者。詳しいことはアプリ「アイドリッシュセブン」をインストールして、あそんでね。アニメ1期は最近dアニメストアに入ったらしいよ。今、毎週日曜日再放送もしているよ。4月からはアニメ2期もはじまるよ。

 

今日MVフルが公開された新曲「Re-raise」だけど、このMVの最高にいいところは二人がエスカレーターで降りながら肩を組んで歌っているところなのだよね。二人がなかよしになるまでにはいろんな紆余曲折があったのだよ。千(ロン毛の方だよ)はめったなことでは笑わない気難しいキッズだったのに、今やこの笑顔だよ。自分の曲で解釈違い起こされるのが不快だからサポートメンバー切りまくってた男が背中を預けられるミュージシャンの皆さんに囲まれて自分は軽くギター持ってるだけだよ(というように私には見えている)。今が楽しくてよかったね。涙ぐんじゃう。

高輪ゲートウェイ駅と山手線をジャックして撮影された楽しげなMVほんと可愛いね。プロジェクションマッピングに使っているトランプの絵柄はかっこいいし贅沢に使ってる感じがほんとパーティー感あって良い。

そうパーティー感。このMVはめっちゃ楽しい。途中Re:valeじゃなくてミュージシャンのおっさんがキメ顔するカットが入ってるのとか遊び心って感じでいい。百くん(ロン毛じゃない方だよ)の変顔? のつもり? それとも超可愛い顔のつもり? とにかく超可愛い顔のカットもすごい可愛いし楽しい。最高なんだよ。

絶対王者Re:valeは可愛いだけじゃなくて一応大人の魅力もあることになっているので、ちょっと可愛いによりすぎちゃったと思ったのか、慌てたように最後にちょっとエロいっぽい表情のカットを持ってきたのが、余計に楽しさを増していたよね。個人的には私は彼らそれぞれが単体でお色気を出してくるのは特に求めていないので(まあ勝手に出てるんだが)(出てるのと出すのはちがうでしょ)(これについて話すと長くなるのであとで)、余計にこれは楽しさ要素かなって……

 

なによりも私にとっては二人が楽しそうにしているのが、ほんとうに好きなのだよね。

千が幸せそうにしているとほんとうに百くんが尊いものにおもえてきて……二人の世界って言うけど、二人の世界には二人しかいないんじゃなくて、二人を中心として二人の世界観が適用された世界が営まれていく。いろんな雰囲気の曲があるけど、二人の世界があるからバラつかない〜って1100字で締めます

日記を書くこと

この週末は両日とも出かけて、ちょっと疲れてしまった。とっても眠い。まだ23時台なのに、ものすごい夜更かしをしている気分だ。

以前から、ブログを毎日書く! ということにこだわっている。去年は何回も挫折した。今年はまあまあうまくいっている。はてなブログは継続日数が日付でカウントされるので、24時をこえてしまうと続けたことにならない。だが、今のところ、毎日「今日の分」を書くことはできているはずだ。ひどい内容だなあと思っても書き直す気力がなければそのまま投稿している。続けることを一番優先にしているからだ。

これとは別に、紙の日記も毎日つけている。これも、去年はボロボロだった。今年はなんとかここまで続いている。

 

最初に日記を続けよう、と決心して書き始めたのは中学一年生の頃だった。いろんなストレスがあったのか、まばたきが止まらなくなった私は、目を使うのをやめろなどと言われ、ふてくされて部屋にこもり、ノートに日記をつけた。それが一番最初で、それから20歳くらい? まで1日も欠かさず書き続けた。

大学生になると夜中まで遊んだりして、忙しくて、そのまま書かないで寝ちゃったりするようになって。毎日続けていたことって、1日途切れると、今まで熱心にしていたのが嘘のように、やらなくなる。雑でも、1行でも、書くべきだったのだ。今日は疲れた! おやすみ! とかでいいから。習慣って作り上げるのは大変だけど、崩れる時は本当に脆い。

勉強や何か特技を習得しようとしているときは、毎日、1秒でもそれに関わった方がいい。私が人に何か教えられるようなことはほとんどないが、これだけは絶対に言える。例えば楽器の練習をしているなら、5分触るだけでもいい。勉強なら、テキストを1行読むだけでもいい。やるとやらないとには雲泥の差がある。

特に一度継続しはじめたものは、1日触らないと、次に触るのがなんだか怖くなってしまう。私はそういうような気がする。

 

日記を書くことはなんのための習慣なのだろうか。いろいろあるだろうが、私が一番日記を続けたい理由は、これが碇を下ろす行為だと思うから。ゲーム的に言えば、セーブだと思うから(ロードはできないのだが)。

毎日の忙しさに流されるようになってしまうと、心や思考は、本当に海に流されるように、安定感を失ってしまう。なんでもいい。天気を記録しておくだけでもいい。その日のことを何か記録しておくことは、森の中にパンくずやら光る石やらを落としていくように、進む足取りに安定をもたらしてくれるし、振り返る標を作る。

私みたいに頭の中がバラバラになりやすい人間は、少しずつ、何かにつかまりながら進んだ方がいい。大きく進めたときも、足場を残しておいた方がいい。そうしないと、自分がどこにいるかを見失うし、つまづいたときに戻れない。

日記を書く時間が自分のことを考える時間になる。この時間を十分にとらずに日々がすぎていくと、自分がわからなくなるような、不安な感じに苛まれることがある。私だけかもしれないけれど、この嫌な方にフワフワした感じを味わったことは何度もあり、精神衛生上、良いか悪いか本当のところは全然知らないけれど、個人的によくはないと思う。

 

そのため手間はかかるけれども、毎日の記録はちゃんとつけておいた方がいいと思って日記を書いています。